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| 保月六面石幢(岡山県有漢町上有漢) |
―名工・井野行恒の作
日本の石造美術に大きな足跡を残した大和伊派石大工の名工・井野行恒、嘉元(1306)年の作。石造美術研究の大家である故・川勝政太郎先生は「佛菩薩像の見事な薄肉彫の細緻な技法は驚くべきものがあり、美術的価値高きもの」(『石造美術』)と、我が国の石造美術品として注目の一品です。その素朴さ、力強さ、おおらかさは見る人を飽きさせず、きっと皆さんもとりこ≠ニなることでしょう。
上有漢・保月には、この石幢のほかにも宝塔や重 文の板碑があり、いずれも井野行恒の銘が刻まれ、非常に素晴らしい作品です。
伊派と言えば、重源とともに東大寺再興に力を尽くした伊行末という中国・宋の名工が有名ですが、この保月にある井野行恒の作品は、伊行末を凌ぐ力作と言われています。
―十三佛成立過程を示す遺物
前出の『石造美術』によれば「石幢」とは「供養のためにする一種の石造建 造物で、支那に於いては早く唐代より行はれ、後に我國へもその形式が傅へられたのであった」とあります。
「保月六面石幢」は幢身の六面にわたり十二の尊像を各二重円光式の中に半肉彫し、第一面は七尊の像、他は各一尊と両脇侍種子をあらわし、各面とも下部に銘や偈が刻まれています。また十三佛の成立過程を示す遺物として注目できます。
◎保月六面石幢=岡山県高梁市有漢町上有漢
高さ263センチメートル。花崗岩。
方形の泥板の上に六角柱状の幢身を立て、六注の笠を頂き、頂上にはもと請花・宝珠があったはずであるが、亡失して今は小五輪塔の水輪以上がのせられている。本来の総高は3メートルばかりあったであろう。幢身は上に向かって細く安定感を示し、笠の屋根は抑揚のある波状を呈し、軒反りも美しい。(川勝政太郎『日本石造美術辞典』より)
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