お墓の歴史(2)
  
                   古墳について

古墳は日本古来の埋葬のありかたです。しかし、古墳ときくと、天皇や豪族の築いた大きいものをすぐ思い浮かべます。たしかに古墳は大きいものが多いことは事実ですが、お墓であることには間違いないのです。
 
『古事記』のなかに"黄泉(よみ)の国"のことを書いた神話があります。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の話ですが、昭和の初めに生まれた方は戦前かならず耳にしていてよくごぞんじだと思いますが、二人の国造りの神さまの夫婦愛と古墳のことをよく想像させるエピソードなのでとリあげてみます。
 
二人の夫婦の神は、日本の国土を生んだり、山や海を治める神を生んだりして国造りをしていきますが、いろいろの神を生むうちに火の神を生みます。妻の伊邪那美は火の神を生んだために、それがもとで火傷を負い、病に臥して、やがて亡くなります。その妻の屍を出雲の国と伯伎(ほうき)の国の境の比婆山に埋葬します。
それから幾日かが経ちますが、それでも伊邪那岐命は妻の命のことが忘れられず、死者の国である黄泉の国へ訪ねていきます。そして、
「まだ国造りは終っていないから、もう一度かえってくれ」
といいます。
「黄泉の国の神に相談しますから、しばらく待っていて下さい」
と伊邪那美は答えます。
が伊邪那岐命は待ちきれずに、「さし戸」をあけて中に入ります。

するとそこには蛆(うじ)がたかって見るかげもない妻の姿があり、頭から足先まで雷(いかずち)がとリついています。命は驚いて黄泉の国から逃げかえります。
 
この神話は、埋葬する者の心と、古墳のありかたをよく伝えていると思います。
 
「さし戸」というのは、古墳の横穴への入口に設け
れた石か土の蓋のようです。
 
古墳ときくと奈良・大和とすぐ思い浮かべますが、北は岩手県から南は鹿児島まで広い地域にあります。それに大きさもさまざまです。親戚縁者や地域ぐるみで力を合わせて造ったものもあるようです。死者への思いと葬る心は、墓の歴史とともに生きています。