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| 大阪府立中之島図書館(大阪市北区)〜上棟式・棟札に石工名が…〜 |

大阪・淀屋橋―この界隈はさすが大阪の心臓部とあって有名な石造物が多く、日本銀行大阪支店、住友銀行本店、三和銀行本店、日本生命などを見た。さて目的の「大阪府立中之島図書館」は何処か。それは全面石張りのいかにも豪華な大阪市役所の影に隠れて、ひっそり建っていた。1974年(昭和49年)、この建物の本館とその左右に伸びる両翼(北館・南館)が国の重要文化財に指定されている。
この図書館は住友家第15代吉左衛門から建物及び図書購入基金寄付の申し出を受け、大阪府が敷地を無償・永久供用し「大阪図書館」として1904年(明治37年)3月に開館した。大阪には以前にも(博物館・美術館・図書館が合わさった)大阪博物場や(全国3番目の公共図書館だが明治21年廃止された)府立大阪書籍館、その他文庫等があったが、本格的な公立図書館として建てられた。
―坪単価は約800円!
建物の概要を幾つか紹介しよう。まず本館の設計者は住友総本店の建築技師・野口孫市。主に住友銀行の各地支店ほか旧心斎橋等を設計したことで知られる。外観はローマのパンテオンを彷彿させるドームの銅屋根とポーチの石柱、石階段など重厚な雰囲気を醸し出している。書庫は耐震設計の先駆けとされる鉄骨造りで、鉄骨煉瓦造りとしては三井本館、東京帝国図書館(現・国立国会図書館上野分館)、赤坂離宮(現・迎賓館)に次ぐもの。鉄骨には今も「英国製」の刻印が残っている。建築費は20万4000円。建坪が約250坪だから坪単価は約800円になる。ちなみに当時豪華と評された兵庫県庁舎(現・兵庫県迎賓館)で坪五百円弱だった。なお本館は1922年に両翼部分が増築されたが、これは野口の補佐役である技師・日高胖の設計によって本館と同様のデザインで作られた。
―当時偲ぶ石工事の資料も
また当時の石工事に関する興味深い資料がある。それによると根石、正面階段、玄関敷石などは「伊予の国大島産花崗岩」、その他は全て「備中国北木島産花崗岩」…云々を使用のこととある。また石材の据付けでは「(垂直方向には)鉄太y径6分(約18ミリ)・長さ4寸(12センチメートル)、2本づつを石下端に硫黄を以って植込み置き、据付の際モルタルを以って下石に埋め込み」「(水平方向には)鍄」を用いて石材同士を緊結すること。「遣形に従い縦横2分5厘目地に」「下端は差しトロ、竪合口は注ぎトロに」「化粧目地は手際よく」などとあり、他にモルタルの調合比や練り方まで細かく指示されている。
さらに最近、阪神淡路大震災の後に建物の構造診断を行った際、明治36年の上棟式に使用した『棟札』(置札)が小屋裏から発見され、これも重文に追加指定された。表の主文に「奉上棟大元尊神守護所」とあり、施主・住友吉左衛門の名に加え、工事顧問として辰野金吾博士、設計・監督者の野口、日高の両工学士らの名が墨書されている。また裏には各職工の代表者名が記され、石工職は「緋田勝太郎」とある。職種は他にも煉化・大工・ペンキ・鉄工・鋸・左官・硝子等があるが、その中で一番最初に書かれているのは単なる偶然ではないだろう。現場で石工職が中心的な役割を果たし、非常に重要な地位にあったことが伺える。
―苦労報い石工の誇りに
今は立派な大阪市役所や川沿いの樹木に阻まれて遠くからその全容を見ることはできないが、当時は相当珍しい建物だったようだ。開館当初は「本を読むより建物を見物に来た人の方が多かった」という。当時石工らの苦労といえば想像以上だが、いざ完成してみると世間の評判となり、さぞや誇りに思ったことだろう。今は機械化・施工技術が進み輸入品まで使う時代だが、果たして今の石材業者は自分らの石工事にどれだけの満足感、誇りを持っているのだろうか。仕事に打ち込む情熱や励みになるだけにいつまでも持ち続けてほしいものである。
◎大阪府立中之島図書館=大阪市北区中之島1−2−10 | |