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| 日光山輪王寺大猷院廟奥の院(栃木・日光市)〜徳川三代将軍、家光公が眠る〜 |

NHK大河ドラマ「徳川葵三代」をご覧になっている方も多いと思うが(2000年10月現在)、現在、徳川三代将軍の徳川家光公が眠る日光山輪王寺「大猷院廟奥の院」が、350年目の初公開をしていることをご存知であろうか?
家光公は慶安4(1651)年4月20日に江戸城で逝去されたが、今年がちょうど350年の御遠忌に当ることから初公開となった。
世界遺産に指定された日光であるが、ここ大猷院は国宝建造物に指定されている。石灯籠や石垣がふんだんにあり、石材業者であれば一度見ておきたい場所だ。
家光公の墓所は奥の院拝殿の裏手にある。間口18メートル、奥行20メートルの石柵中央にある高さ4メートルの唐銅製の宝塔が「お墓」。墓所の入口には唐銅製の鋳抜門があり、扉には魔除けの十二天を意味する梵字が彫られる。
宝塔は方位盤の形をした八角形の台座を八層重ねにした最上部に位置し、八層の台座は釈尊が悟りの境地へ導くために説いた八正道の実践を示したものと言われる。家光公の尊骸は、柩の規模などから少なくとも地下3メートルの深さに埋葬されたと推測されている。
◎日光山輪王寺=栃木県日光市2300
※徳川三代将軍家光公のお墓作り
大猷院廟奥の院(家光公の墓所)は発掘調査が行なわれていないため、その構造は不明であるが、十一代将軍家斉公の墓制を参考にして類推すると、
@「御鞘石垣」(さやいしがき)
周囲の積み石の造作などを省いて、まず地下に石垣をめぐらせる。
A「御石槨」(せきかく)
石垣の内部に石室を造る。下方に笠石を敷き、四囲も石材で覆う。外法268センチメートル四方。石垣との間には練土と水晶石が詰められる。
B「御銅棺」(どうかん)
石槨の中には、銅製の棺が安置される。いわゆる柩(ひつぎ)にあたるが、柩のなかでも最も外側に位置する。外法148センチメートル四方・高さ163センチメートル。石槨と銅棺の間には石灰が詰められている。
●「御内箱」桐材などで造られた三重(家斉公の場合)の柩。
外側の柩…112センチメートル四方・高さ134センチメートル。石灰が詰められている。
中間の柩…94.5センチメートル四方・高さ117センチメートル。練香(ねりこう)が詰められている。
内側の柩…82センチメートル四方・高さ112センチメートル。(お肌付)。
◎家光公の柩に関しては、高さ一丈二尺(362センチメートル)。朱と水銀を詰め、外箱には朱と石灰を詰めた(玉露叢)とあるので、単純にいうと前記の各寸法の2倍の規模と考えられる。また座棺の形式であり、御姿としては「大臣の御装束にて、御鳥帽子、御具足を召しせ御太刀を帯びたまう」と記されている。
以上が内部構造で、その上に蓋となるC御地盤石がのせられ、また上にD御地形石、E角切御地形石、F八角御土台石、G八角御座石、H八角石矢来と重ね、その中央にI宝塔が据えられる。
宝塔内には金銅製の御位牌と釈迦如来像(家光公の場合)が奉安されている。
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